【買わねぐていいんだ。】20話 千円のお弁当より500円のサンドイッチ

第四章 私はただの物売りじゃない

千円のお弁当より500えんのサンドイッチ

 私は、車内販売をしながら、いつもお客さまのことを想像しています。新幹線は移動の手段なので、どのお客さまあっても考えることは「どこへ行くんだろう」ということ。そうやってひとりひとりのお客さまに興味を持ちだすと、どうしてもお声をお掛けしたくなってしまいます。
 たとえば若いギャル二人が乗車していたとき。(あ、このお客さまが着ている服いいなあ)とおもうと、「その服いいなー。どこで買ったの?」とついお声をお掛けしてしまいます。
このとき、とくに「何かかってもらおう」とは考えていません。ただ純粋に、そのお客さまのことをもっと知りたいだけなのです。一周目だと突然話しかけられてびっくりされてしまうこともありますが、それでもお客さまの雰囲気などから「いけるかな」と思ったときはお声をお掛けしています。
また、そんなお客さまを見て(これから渋谷に買い物に行くのかな?)と思ったときには、そこからいろいろな想像を働かせます。
(そういえばいまバーゲンやっているもんな。きっとまだ学生で、一生懸命にお金貯めて、洋服買いに行くのかもしれない。そうしたら、なるべくお金はとっておきたいだろうから、千円もするお弁当は買わないんじゃないかな)
 こんなふうに考えていたときに、「すみません、お弁当ください」とお声を掛けられれば、私は「はい、ありがとうございます。こちらのお弁当は千円になります。こちらに500円のサンドイッチもございますよ」とご案内します。
 普段なら、500円のサンドイッチをくださいと言われれば「こちらにお弁当もございます」と高いほうをお勧めするのでしょう。もちろん500円のサンドイッチより千円のお弁当を買っていただいたほうが売り上げは大きくなります。
しかし、そこでお客さまに商品を選んでいくことで、よりお客さまのことを知ることができると、私は考えているのです。「あ、でも、お弁当がいいです」といわれれば、
(500円の差だったらお弁当をお買い上げいただけるんだな。じゃあ買い物に行くんじゃないのかもしれない。もしかしたら山形が実家で東京の学校に行ってて、これから東京に戻るのかな)
 といったように想像しますし、「じゃあサンドイッチください」といわれれば、
(やっぱり買い物に行くのかな。ファッションからすると、渋谷じゃないかな)
 と考えます。そこで「渋谷に行くの?」と聞いてみるところから、お客さまとの会話が始まります。
「渋谷、いまバーゲンやっているもんね」
「あ、違うんだー、原宿行って買い物するの。ラフォーレに行きたくて」
「え、そのファッションで原宿系? でも新宿でも109が31日までバーゲンやっているから行ってみるといいよー」
「えっ、そうなんだ。あと代々木でもイベントがあって、それも行こうと思ってるんだ」
「えー、どんなイベントやるの?」
 こういった会話のなかで、お客さまに自分の持っている情報をお伝えすることもできますし、また、お客さまから新しい情報をいただくこともあります。
そうすると、今度は別の席にいる原宿へ行きそうな若いお客さまに「原宿行くの?今日代々木でイベントやっているらしいよ」とと早速仕入れた情報をお伝えしたり。お客さまのことを知ろうとすることで、つながりは無限に広がっていきます。
このようにお声をお掛けすることで、お客さまから親しみを感じていただきやすくなるということもあります。車内販売は、いくらお声を掛けていただきやすいように気をつけていても、通り過ぎてしまえばなかなか止めにくいもの。皆さんのなかにも、新幹線でお弁当を買おうと思っていても「あ、また行ってしまった・・・・。バックしてきてもらうのも悪いしな」と、声を掛けそびれてしまった経験のある方もいるかと思います。
しかし、一度お話しをすれば、「お姉さん、お茶ちょうだい!」とちょっと大きな声での引き止めもしやすくなるのではないでしょうか。
この親しみは、直接お話をしなくても感じてもらうことができます。
 たとえば雨上がりでキレイな虹が出ていたとき。一人のお客さまに「ほら、あそこに虹が出ていますよ。キレイですねえ」とお伝えするときに、あえて少し大きな声でお話しをする。そうすると、直接お話をしていない周りのお客さまにも聞こえて、「え?どこに出ているの?」と窓を見てもらえます。
 このように直接お話をしなくても、ちよっといい情報を教えてくれた人には誰でも親しみを感じるものです。
では度の販売員もたくさんお声をお掛けすれば売り上げが上がるのかといえば、それだけではないでしょう。前章でもお話ししましたが、私はいつもお声を掛けていただきたいと思っています。意識的に、お声を掛けていただこうというオーラを作っているようにしているのです。
 東京駅でホームに向かうとき、道に迷われていたり、向かうホームがわからないお客さまからよくお声を掛けられることがあります。制服を着ているということもありますが、私はどの販売員よりも、お客さまからお声を掛けられることが多いようです。
 また、仕事で東京に来たときに、山手線のなかでおばあちゃんに話しかけられて、ずっとおしゃべりしていたということも。
 人によっては「あなたは隙があるんだ」と思われるかもしれませんが、私は自分のこんなところを結構気に入っています。この特徴があるおかげで、毎日新幹線のなかでたくさんの出会いを経験することができるのですから。
こういった声の掛けられやすさも、意識的に心を開いていることで変わってくるのではないでしょうか。「人から敬遠されがち」「よく怖い人だと思われる」という方は、意識的に自分から心を開くよう心がけているといいかもしれません。