【買わねぐていいんだ。】19話 お客様の色に染まる

第四章 私はただの物売りじゃない

◆お客様の色に染まる

これまでにも少しお話をしましたが、私は子の販売員という仕事をするうえで、いつもお客さまの色に染まりたいと考えています。楽しい、嬉しい、悲しい、怒り・・・・様々な状況にあるお客さまと気持ちを共有することで、少しでもお客さまに近づくことができるからです。
たとえば、こんなことがありました。
いつも乗られる常連さんから、ビールをご注文いただきました。いつもはそんなにお酒をお召し上がられる方ではないのに、その日はずいぶんとペースが速いようです。何となく暗い表情もされているようなので、「今日はどうしたんですか?」とお声をお掛けしました。すると、「兄弟が危篤でよ・・・・」とのこと。お客さまには悲しみをあからさまに表に出すことはありませんが、その悲しい気持ちが私の心の中にも広がっていきます。
(いまどんな気持ちで新幹線に乗っているんだろうか)
(こんなとき、どんな言葉を掛けていいんだろうか)
 そういったさまざまなことを想像しながらお客さまの気持ちに寄り添い、ときにはお客さまと一緒に泣いてしまうこともあります。
 もちろん、ただビールをお渡しして終わりにしてしまうこともできるでしょう。そのほうがよりたくさん回れて効率的だと考える人もいるかもしれません。確かにそのお客さまとはもう二度と会わないかもしれない。直接売り上げには関係ないかもしれない。
 しかし、私はお客さまをよく知り、その色に染まる時間を大切にしています。お客さまの色に染まることで、よりお客さまに近づき、短い時間のなかでも関係を築いていくことができるのです。
ご病気やお葬式のときは黒、結婚式に向かわれるときにはピンク色、東京に遊びに行かれるお客さまはワクワクのオレンジ色、出張中のビジネスマンはクールな青・・・・。そういったお客さまの色に染まるためには、自分は常に透明ででいないといけないと考えています。
自分に楽しいことがあったからといって、ピンクや赤の状態でいれば、黒の気持ちになっているお客さまの悲しみを理解することはできないから。
このように、出会うお客さまごとに色を変えられているため、前の車両ではお客さまと大笑いをして、次の車両ではお客さまと一緒に泣く・・・ということもあります。そんな私を見て、友人などからは「そんなに感情がめまぐるしく変わって、疲れることはないの?」といわれることも。
 しかし私は、そうやって常に透明で、心を開いた状態でありたいと思っています。自分で意識的にやっているわけではありませんが、そうやってお客さまとの関係性を築いていくことが、周りまわって売り上げにつながってきているのだと思います。