第四章 私はただの物売りじゃない
◆プラスαの気持ちを持って
車内販売という仕事について、改めて少しご紹介したいと思います。
山形新幹線はミニ新幹線と呼ばれ、通常の新幹線より小さい7両編成。満席時で約400名のお客さまがご乗車いただけます。大きいものだと800名ほどの定員の新幹線もありますが、山形新幹線はその半分。お客様の数はほかの新幹線よりもかなり限られています。
そのなかで私が構える店舗は、長さ約1メートル、幅が40センチのワゴン。ワゴンにどういった商品を乗せるかは、それぞれ販売員の裁量に任されています。朝一番であればコーヒーやサンドイッチなど、夕方や休日であればビールやお菓子、お弁当といった具合。その日、その時間の客層を的確に見極めることで、売上も変わってきます。
開店時間は東京から山形までの約3時間半。客数、スペース、時間とすべてがとても限られている。その限られたなかで、いかにたくさんのお客さまと接することができるか、そして商品をお買い上げいただくかは、工夫と努力、そして考え方によって変わってきます。
私が常に大切にしていることは、
「商品を買っていただくなら、プラスαのサービスも提供したい」
ということ。それはどんなことでもいいのですが、ちょっとした楽しい会話だったり、方言でのおしゃべりで旅行気分を感じてもらうことだったり・・・・・。コーヒーを買っていただいたときでも、「淹れたてですよ」とひと言添えるだけで(実際に新幹線では車内でコーヒーを淹れています!)、ちょっと特別感が出ると思いませんか?
正直に言えば、新幹線の車内販売は普通のスーパーなどよりやや高めの値段で販売させていただいています。たとえばペットボトルのお茶ひとつ取っても、スーパーなら100円ほどで買えるものが150円。もちろん、たくさん売るために勝手に安売りすることもできません。私のお財布事情からしても、「高いのかなあ」とつい思うこともあります。
それなら、商品の価値以上のプラスαをご提供して、少しでも「買ってよかった」という気持ちを持っていただきたいと思うのです。商品に添えるちょっとしたサービスによって、お客さまの満足度を上げることはできるはず。そしてそれは、現場で販売をする私たちだからこそできることなのだと思います。
たとえば、自分の買い物に置き換えて考えてみるとよくわかります。給料日前であと1万円しかないというときに、5000円のワンピースがどうしても欲しくなった。そんなとき「買っちゃったけど、あと5000円で生活できるかな・・・・」とおもうのと「ああ、買ってよかったよかった。このワンピースのためなら、あと5000円でも全然生活できる!」と思うのでは満足度が大きく変わってきます。
私はその気持ちの部分を販売員によって変えることが、絶対にできると思うのです。
「その洋服、こういった部分がお客さまにとってもお似合いですよ」
「こんな洋服に合わせればカジュアルになるし、カッチリした雰囲気を出したければ、こういうコーディネートするといいですよ」
そういった販売員のひと言が、そのファッションに対する自信になったり、コーディネートの参考となって楽しみが増える、ということはよくあること。その、気持ちに作用するプラスαを、私は大事にしたいと常々思っています。
また、新幹線にはビジネスなどで利用されている常連のお客さまも多くいます。そんなお客さまには、ちょっといたずらをして、こんなやりとりをすることもあります。常連のお客さまというのは、だいたい何曜日のいつ頃といったご利用時間が決まっていて、「このお客さまはコーヒーに砂糖ミルクはいらないな」とか「このお客さまはお砂糖2本」といったことを憶えるようにしています。
ですが、あえて「お客さま、お砂糖ミルクはおつけしますか?」と聞くことも。よく見知った仲なので、お客さまは「えっ、俺いつものなんだけど・・・」とちょっと不安そうなお顔になります。そこで私は、
「なにいってんの。今日は疲れてそうだったから、お砂糖いるかなって思ったの!」
と答えるのです。
販売員が自分の好みを憶えてくれていることも、お客さまにとってはもちろん嬉しいことでしょう。しかしそれだけでなく、その日その日のお客さまをきちんと見て、少しだけ駆け引きをプラスαする。そういったこともお客さまの気持ちに大きく作用するのではないかと思います。
私がよく子供のお客さまにご案内する「お楽しみ情報」があります。
「山形から東京方面に向かうときに、左側をみてごらん。大宮駅から東京駅までのあいだで、雨の日も風の日もグランドピアノを弾いているおじいさんが見えるんだよ。しかも家の上で青いスーツを着て!」
このお話をすると、子供たちは大喜びで顔に窓を向けます。(ちなみにこのおじさん、いつも見ることができるので、新幹線にご乗車の際は是非チェックしてみてください!)
新幹線の窓から見えるなんでもない風景。でもちょっとした情報をプラスαご提供するだけで、子供たちにとっては楽しい思い出となるのではないでしょうか。
ただの移動時間であるはずの新幹線のなかですが、こういった思い出や嬉しくなる気持ちを少しでも持っていただければと私は常に考えています。
現在、新幹線の運行もどんどんシステム化が進んでします。車掌も以前はふたりでしたが最近ではひとりになり、お客さまの乗降状況もすべて機械で管理されています。
私たち販売員の仕事も、自動販売機に取って代わられれば、それで済んでしまうかもしれません。しかし私たちは、ただ物を売るだけではなく、人間だからこそできる「プラスαのサービス」もご提供させていただだいているのだと、自信を持って言えるのです。