第3章買ってあげたいと思われる人になりなさい
小さい頃から憧れていた、乗り物でのサービス業。高校生の頃などには、買い物のために新幹線で東京まで行ったことも何度かありましたが、そのときに販売員を見て思っていたのは、「かっこいいなあ。でも厳しそうな仕事だな」ということでした。なんといっても、ピシッとした制服姿で笑顔を絶やさず3時間以上もワゴンを押して歩くのですから。
そんな販売員として独り立ちするため、入社後すぐに研修が始まりました。1週間かけて、先輩から様々なことを学び、化粧や服装、接客の基本、言葉使いについてなど、販売員としての心構えを身につけていくのです。
とくにおもしろいなと感じたのが、「電車は止めちゃいけません」ということでした。「何を当たり前のことを」と思われるかもしれませんが、私たち販売員がちょっと仕事で遅れてしまったりするだけでも立派な「遅延事故」になってしまい、大きな問題を引き起こしてしまうのです。
定刻通りで安全な旅をサポートする、それは当たり前のことですが、常に高い意識を持っていなければ務まりません。
また、先輩からのお話で改めて意識したことは「私たちひとりひとりが看板」ということです。制服を着た時点で新幹線の販売員なんだということ。それはたとえ新幹線に乗っていなくても同じことです。新幹線を降りたからといって、駅構内でグタッとした姿を見せてしまっては、販売員全員のイメージダウン、ひいては会社のイメージダウン、になってしまいます。だれもそんなところからは、お弁当もお土産も買いたいと思わないでしょう。
「制服を着た時点で、私たちは会社を背負って宣伝して歩いている」
このことは新幹線の販売員に関わらず、さまざまな接客業、制服を着る仕事の人に言えることです。ですが、「自分一人とワゴンがお店」の新幹線販売員はなおのことで、その気持ちを忘れてはいけないんだと学びました。
1週間の新人研修を経て、初めて新幹線に乗る時がやってきました。乗るといっても、最初と2回目は先輩販売員について販売の現場に回り、4回目で先輩もいないひとりでの業務となりました。
初めてひとりで新幹線に乗る、その前の日は一睡もすることができませんでした。
「ひとりできちんと回ることができるだろうか。問題が起きたらどうしよう・・・・」
そんな不安が次から次へと思い浮かんでしまいます。
自分に対する言い訳ももうできない。会社に対する責任もある。その重圧は大きく、とても怖いと感じたことを憶えています。
では、初めての業務はどうだったのかといいますと・・・・正直、何も憶えていないのです。山形から出発し、東京からまた山形へ。一往復したことは確かなのですが、新幹線の中でどういうふうに商品を買っていただいたのか、あまりの緊張のために記憶がまったくありません。憶えているのは、
「もう山形だよ。早く降りろ!」
と車掌にいわれて我に返り、あわててワゴンを下したことだけ。
その時に私が感じたのは、「おっかない、けど最高におもしろい!。」上手な言葉が見つかりませんが「お客さまが、私からものを買ってくれた。」そのことが嬉しくて嬉しくてしょうがなかったのです。私からも買ってくれる人がいるんだという喜び、楽しさを初めて知り、これからも頑張っていこうと思いました。